関西といえば「うどん」というイメージがあるのではないだろうか。もちろん、関西のうどんは美味しい。しかし、あまり知られていないことであるが、京都は「そば処」という顔も持っているのである。
京都のそばの歴史は古い。「本家尾張屋」は現存する日本最古のそば屋ではなかろうか。創業は寛正六年(1465)、応仁の乱の前年である。当初は菓子司であったが、そばの美味さが評判になり、以来現在まで営々と暖簾を受け継いできた。「本家尾張屋」は老舗であるだけではなく、今も現役の人気店であり、美味しいそばを出す名店である。
もう一軒、老舗といえば「晦庵河道屋」がある。創業の元禄宝永の頃には菓子屋の傍らそばも出していたというから、かれこれ三百年は続いている。菓子の方は「蕎麦ほうる」で有名な「本家河道屋」が商い、そばの「晦庵河道屋」はそのすぐ近くで営業している。
これらの老舗は、いわば京都そばの伝統派である。幕末創業の「永正亭」や「ゑびや」、大正五年創業の「大黒屋」、昭和二十八年創業の「桝富」なども伝統派に括れるだろう。伝統派にも当然それぞれの個性があり、一括りにすることは乱暴なのだが、伝統派に共通する特徴をひとことでいえば、そばはニ八が基本であり、つゆはだしのきいたまろやかな味。間違いなく美味しい。これぞまさに京都の味という懐かしさがある。
伝統派に対して、京都のそばの地図を塗り替えつつあるのが、「拓朗亭」「じん六」「虚無蕎望なかじん」などである。これらの京都そばのニューウェーブの特徴としては、そばは十割(生粉打ち)が基本であり、よって熱いそばは置かない。その代わりに、生粉打ちを活かしたそばがきを置く店が多い。そしてこのそばがきが絶品である。
京都で「有喜屋」を中心に手打ちそば再興の動きが起こったのは一九七〇年代のこと、「有喜屋」現当主の三嶋吉晴さんが東京「上野藪」で修業し、そこで学んだことを京都に持ち帰ったのが始まりだという。この当時の手打ちは二八が中心だった。その後、九〇年代から「唐変木蕎麦之會」を中心に十割の手打ちそばのムーブメントが起こり、「虚無蕎望なかじん」の登場で十割そばが一躍注目を浴びるようになった。町屋ブームと相俟って、現在も手打ちそば屋が続々と誕生しているという状況である。
ニューウェーブは京都のそばの思想と味覚を変えてしまったといっても過言ではない。ただし、私は必ずしも十割そば原理主義に組するつもりはない。腰があって食感のなめらかな二八そばも十分に美味しいし、熱いそばを好む人間としてはふやけない二八そばに存在理由があると思っている。熱い麺はうどんでいいじゃないかという反論があるかもしれないが、伝統的な熱いそばの味わいは捨て難い。
洗練や藝術性まで含めて評価すれば、現在の京都は日本有数のそば処といえるのではなかろうか。このような状況になったのは、京都にはすでに古いそばの伝統があったうえに、和食のメッカであるためにそばという「和」の料理が最近の十割そばムーブメントに触発されて発展する土壌があったということだろう。さらに、京都でも良質のそばが栽培できるという条件もあり、地元産のそばを使っている店もあることも付け加えておきたい。
それでは、京都そばの名店を厳選してご紹介しよう。
本家尾張屋 |
創業は室町時代の寛正六年(一四六五年)、日本で一番古い蕎麦屋と言われています。蕎麦を使った菓子司が始まりで、今でも店頭で蕎麦菓子が売られています。京都蕎麦二八会同人です。 |
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拓朗亭 |
亀岡市役所のすくそば、国道9号線加塚交差点近くにあるそば屋。つつじヶ丘の住宅街から移転し、店舗はかなり大きくなった。亀岡では貴重な本格手打ちの店である。 |
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じん六 |
北山通りの植物園前のお洒落なお店が並ぶ一角にさりげなくある名店。そばは挽き方だけではなく、産地によって味も香りも違うことをここで知った。禅僧のようなじん六の店主は、その違いを客に楽しませるべく、何枚か注文した時には産地ごとに打ち分けて出してくれる。 |
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虚無蕎望なかじん |
古川町商店街にひっそりと店を構える究極の蕎麦屋の一軒。すべてに亙ってこだわりを貫き、蕎麦も料理も酒も器も内装も申し分ない。一品ごとに食べ方を講釈される。客に真剣勝負で食べさせようという気持ちがひしひしと伝わり、店内の空気が張り詰めていて気が抜けないが、この店の個性と捉えれば気にならない。満員にならなくても、味を落とさずに対応できる人数以上に客を取らないので、予約なしで座るのは難しいだろう。予約の時間に合わせて粉を挽くこだわりぶりである。値段は高め。(相) |
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みな川 |
北白川別当町の交差点を一筋上り、少し東に入り、中華料理「やまぐち」の左隣にあります。 |
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蕎麦処 いしたに |
嵯峨嵐山の住宅街の一角にある十割蕎麦の店。蕎麦は香りが少なく、腰も弱く、今の京都の十割蕎麦の水準にはまだ達していません。つゆは美味でした。卵丼を食べてみたのですが、これが当たりでした。素材がよく、味よく、とじ方よく、値段はリーズナブルで、お得な一品でした。ここに行かれた時はぜひ注文してみて下さい。 |
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とおる蕎麦 |
小さく細長いビルの一階にあるカウンター八席のお洒落なお店です。 |
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桝富 |
三条通りから細い路地を入ったところにある昭和二十八年創業のそば屋。古い町家作りの店だが、店内にはジャズが流れている。生粉打ちも出すが、二八が基本。この二八のざるそばが腰があって香りもよく、充分に美味しい。熱いそばもお勧め。 |
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まつばら |
奥嵯峨の越畑にある山小屋風のそば屋。まつばらは町興しとしてスタートした農事法人で、地元のおっちゃんおばちゃんたちがやっているのだが、そばは十割の本格派で、コシもあり香りも高く、大変美味しい。越畑の有志が亀岡の拓朗亭で修業し、深い山の中に行列ができる店を出現させた奇跡の名店。当然、唐変木蕎麦之會のメンバーである。 |
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